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2021年11月21日(日) 角幡唯介 『極夜行』を読む

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   グリーンランド北部を極夜の中、犬と橇を引いて旅をする冒険譚である。旅をしていると色々なハプニングに見舞われる。氷床を歩いていると凄まじいブリザードに襲われたり、食料が尽きかけて獲物をライフルで仕留めようと歩き出したはいいものの、獲物に遭遇しなかったり、白熊に荒らされた、食料をデポしておいた場所をよく探してみると、ドッグフードが見つかったり、偶然、近くを歩いていた狼をライフルで仕留めて、狼肉を入手することで九死に一生を得たりと、物語は色々な展開で読者を楽しませてくれる。最後に著者が見た極夜の壮絶なまでに美しい風景の描写を紹介しておく。「峠から少し下ると、足元に荘厳な光景が開けた。雪で塗りつぶされた広大な湿地帯の谷間が、闇夜の中、天空から照射される月の薄光により遠くまで発光して浮かびあがっていた。雪原はどこまでも奥につづき、闇の向こうで朧気に消えている。それは壮絶なまでに美しい、あまりに美しすぎる光景だった。幻想的かつ眩惑的な世界に私はしばし見とれた。あきらかに地球上の風景のレベルを超えており、地球以外の惑星ですと言われても、ええそうですかと、とくに疑問もなく受け入れられる展望が広がっている。地球というよりはむしろ木星、あるいは木星の衛星ガニメデとか、ケンタウルス座α星とか、SF映画によく出てくるような太陽から離れすぎて全球凍結した天体とかのほうがしっくりくる光景だった。闇の中に月光で朧気にうかぶ雪と氷の風景は、今自分は地球という枠組みを離れて宇宙の一角にいるという私の感覚をさらに強めた。このような光景をロバート・ピアリーや、『お前たちは月から来たのか、太陽から来たのか』と訊ねた十九世紀のイヌイットも見ていたのだろうか。この景色を見たとき、私は、私たちが知っている地球の裏側にあるもう一つの地球、太陽が常に存在する私たちの住むシステムの外側に人知れず存在してきた地球の別位相に入りこんだのを感じた。すなわち極夜の内院である。」読者には美しくも厳しい極夜の旅を是非、堪能してもらいたい。 文春文庫  800円+税  

2021年11月3日(水) 高野秀行  『西南シルクロードは密林に消える』を読む

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   中国の成都から雲南省、ビルマ北部、インド北東部を通ってカルカッタまでの古代通商路を踏破したスリル満点の記録。ビルマから中国の国境を越える時に中国の公安に捕まりそうになったり、カチンの密林の中でタケネズミを食べたり、ナガ軍の総司令部で旅に同行した大尉が14年間生き別れていた息子と奇跡の再会を果たしたり、ようやくたどり着いたカルカッタから日本へ強制送還されたりと色々なドラマが楽しめます。最後に著者が苦労して登った推定標高二千五百メートルのプンラブムという山の山頂にたどり着いた時の描写を紹介しておきます。「一時間もしなうちに、驚くべき風景に出くわした。突然、ジャングルが途切れ、薄い草地になったのだ。あまりにくっきりと境目ができているので、『ここ、畑?』と間抜けな質問をしてしまったくらいだ。尾根のすぐ下を歩いていくと、草地は岩場へと変わった。そして、ついに頂上へ出た。霧が風にするするとほどかれ、周囲に大パノラマが開けた。『わーっ!』と歓声があがった。三百六十度全方向に、濃い緑に覆われた山が広がっている。ジャングルの大海にポツンと浮かんでいるようで目眩を起こしそうだ。山登りをやっていた頃のカタルシスを思い出した。今回のカチンとナガの旅では常にジャングルに埋もれ、視界も閉ざされていた。ましてや山の上に出たことなど一度もない。こんな爽快感、達成感は初めてのことだった。ここが推定標高二千五百メートルのプンラブムという山の頂らしい。大尉とゾウ・リップも『こんな景色は見たことがない』と興奮し、大騒ぎの写真撮影大会がはじまった。それをナガ軍の無口なオウン・テ中尉が微笑して見ている。いや、まったく、中国を離れて、初めて大はしゃぎをしたものだ。はしゃいでいるうちに気づいたが、岩肌がむき出しになっているのは、この山だけである。もっと高い山もあるが、しっかりと山頂まで森に覆われている。不思議だ。ナガの人たちがここを聖域とあがめるのもよくわかる。」迫力満点の旅行記です。  講談社文庫  960円+税