投稿

7月, 2022の投稿を表示しています

2022年7月31日(日) 沢野ひとし 『人生のことはすべて山に学んだ』を読む

イメージ
  「ワニ眼の画伯」沢野ひとしが、日本の北から南まで登った50山を紹介している。知床の最高峰・羅臼岳(1660m)に登った時は、秘境の知床の沢を遡行した。新潟県と山形県にまたがる朝日連峰の主峰・大朝日岳(1870m)に登った項では、沢野ひとしは、「山に入ると、都会にいる時はおしゃべりの人が沈黙し、いつもは無口の者が饒舌に話しだす。空の青さが人の性格を変えていくのだ。」と解説している。群馬県にある白毛門(1720m)に登った項では、「電車や車、時計、ラジオ、テレビ、洗濯機、携帯電話と、私たちにとって便利なものは、すべて音の出るものばかりだ。都会の騒音と喧噪に包まれた暮らしに慣らされた者にとって、この雪山のひっそり感と静けさは、もう一度人間の原始の姿を諭してくれる場でもある」と山のことを言っている。長野、富山に新潟を加えた三県にまたがっている白馬岳(2932m)に登った項では、「バス停を下りて歩きだすと林の匂い、水の匂い、針葉樹の松の匂い、やがて森林地帯を越えると、硫黄や鉱物、さらに三〇〇〇mの頂上に立つと大袈裟だが宇宙の匂いさえする。」と言っている。北アルプスの焼岳(2455m)に登った項では、「人は歩きながらなにかを思考している。山に向かいながらいつの間にか自分自身を見つめている。頂上に登ることによって、自分への問いかけは突風のように消える。苦労して頂上に到達した時、安らぎを実感し、その達成感に満足する。」と感想を述べている。鹿児島と宮崎の県境に広がる、霧島火山群の東端に位置する高千穂峰(1574m)に登った項では、東京から高千穂にある温泉付きの民家に引っ越した画家の友人のことを、「久し振りに会う彼の表情は穏やかで、都会で時折見せるニヒルな横顔はなかった。自然の中で暮らしているうちに、人は次第に浄化されていくのだ。」と自然の効用を述べている。屋久島の宮之浦岳(1936m)に登った項では、宮之浦岳の頂上に到着した時の感激がこんなふうに述べられている。「大きな丸い岩の間を何度か抜けて行くとついに宮之浦岳の頂上に到着した。こんな風景は今までに見たこともない。なんという壮大な風景なのだろう。真っ青な海の彼方に薩摩半島、種子島、口永良部島、硫黄島、遠く竹島まで見える。」などなど。とても面白い山の本なので、皆様にもお薦めします。  角川文庫 700円+税

2022年7月17日(日) 田部井淳子 『それでもわたしは山に登る』を読む

イメージ
   世界初の女性エベレスト登頂者で世界初の女性七大陸登頂者である田部井淳子の晩年の手記。がんを告知され抗がん剤治療を続けながらも、山に登り続ける。その不屈の姿勢に読む者の心を打つ。被災した東北の高校生を富士山に登らせる企画など著者の献身的な姿勢が窺える一冊。最後に本書から興味深い一節を紹介しておく。「ケオクラドンの頂上には、東屋風の屋根つき展望台と茶屋があった。確かにまわりの山より高く眺めがいい。すぐ下の森の中に屋根らしきものが見えるが、それが国境警備にあたる軍の最後の基地であった。その先は緑の稜線を持つ山並みが一連、二連と続き、三連目の山並みはもうインドになる。右手方向はミャンマーだ。あまりの眺めの良さに今日は村に下りずに、ここに泊まっていいかとガイドに相談すると、茶屋の主に話してくれ、OKとなった。夕方、日の入りの風景は見事だった。真っ赤な大きな太陽が広い空の雲を朱色に染めつつ、沈んでいく。沈みきる直前の空の色の美しさ。森の木の枝々が朱色の空をバックに切り絵のように黒々と浮かび上がる。両方の目に入りきらない広い広い空間の中で陽は沈んだ。明日の朝は、この頂上で日の出を見よう。太陽を見送り、また迎える。この繰り返しだが、自然の中でこの瞬間に立ち会えることは、そんなに多くはない。がんと告げられ余命三ヵ月とまで宣告されたが、あまりめげもせず治療を受けた。その真只中にいるのに、めったに人が来ないようなバングラデシュの山まで来られるようになったではないか。このまま体力を持続させ、多少の副作用はあっても、行ける山には行こうと思った。」 文春文庫  630円+税