2022年7月17日(日) 田部井淳子 『それでもわたしは山に登る』を読む

  


世界初の女性エベレスト登頂者で世界初の女性七大陸登頂者である田部井淳子の晩年の手記。がんを告知され抗がん剤治療を続けながらも、山に登り続ける。その不屈の姿勢に読む者の心を打つ。被災した東北の高校生を富士山に登らせる企画など著者の献身的な姿勢が窺える一冊。最後に本書から興味深い一節を紹介しておく。「ケオクラドンの頂上には、東屋風の屋根つき展望台と茶屋があった。確かにまわりの山より高く眺めがいい。すぐ下の森の中に屋根らしきものが見えるが、それが国境警備にあたる軍の最後の基地であった。その先は緑の稜線を持つ山並みが一連、二連と続き、三連目の山並みはもうインドになる。右手方向はミャンマーだ。あまりの眺めの良さに今日は村に下りずに、ここに泊まっていいかとガイドに相談すると、茶屋の主に話してくれ、OKとなった。夕方、日の入りの風景は見事だった。真っ赤な大きな太陽が広い空の雲を朱色に染めつつ、沈んでいく。沈みきる直前の空の色の美しさ。森の木の枝々が朱色の空をバックに切り絵のように黒々と浮かび上がる。両方の目に入りきらない広い広い空間の中で陽は沈んだ。明日の朝は、この頂上で日の出を見よう。太陽を見送り、また迎える。この繰り返しだが、自然の中でこの瞬間に立ち会えることは、そんなに多くはない。がんと告げられ余命三ヵ月とまで宣告されたが、あまりめげもせず治療を受けた。その真只中にいるのに、めったに人が来ないようなバングラデシュの山まで来られるようになったではないか。このまま体力を持続させ、多少の副作用はあっても、行ける山には行こうと思った。」

文春文庫  630円+税


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