2022年11月29日(火) ブレイディみかこ 『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』を読む  

  


ブレイディみかこが地べたの日本に密着取材した報告記。賃金未払のキャバクラ嬢のエグチさんの賃金返還要求をするために労働団体のメンバーとともに上野の仲町通りでキャバクラ側とやり合う様子を描いた「列島の労働者たちよ、目覚めよ」。そもそもブレイディは日本の「中流意識」に疑問を持つ。「日本の『中流』というのは特定の階級のことでも、人々の階級意識のことですらないように思える。それはもっと意志的なイズムだ。一億総中流主義、とでも呼べるだろうか。主義とは人々の思想的、社会的なスタンスであり、アティテュードである。だから『貧困の問題が深刻』とか『生活が苦しい』とか言う人が増えると必ず、『でも日本人はまだ○○ができるんだから豊か』と言う人が出て来て主義を保守しようとする。『私は貧困の当事者』という人に対して、『働け!死ぬ気で働け!』と言う人々に至っては、死ぬ気で働けば下層意識など感じる暇もないと信じる一億総中流原理主義者だろう。そもそも一億総中流が叫ばれ始めたのは、国民の9割が自分のことを中流だと答えたという1970年以降のことである。その数字がいまでもまったく変わっていないとすれば、この主義だけは、移り変わる政局と世相のなかで、45年以上もまったく浸食されずに続いてきたことになる。まさに岩盤のイズムである。」そして、ブレイディは日本のグラスルーツの運動に共感を覚える。荒川区東日暮里で路上生活者支援活動をしている「山谷のカストロ」こと中村光男さんと熱心に話し込む。中村さんはこんな風に言う。「当時、新宿と上野と山谷で炊き出しをしていたんですが、1年で、お米代だけで250万とか300万とかかかっちゃうんですよ。それに、それだけ大量のご飯をつくるというのが、当時はそんなに支援者もいませんでしたから、できないんですよね。それでもう、『命は救えないよ、僕らの力では』と。『命はおっちゃんたちが自分で守らなきゃダメだよ。だからおっちゃんたちが自分で飯をつくってくれと』と、そういう発想の転換が起きたんです。キリスト教系の支援団体とか、昔から山谷に関わっている団体はだいたい『弱者を救う』みたいなやり方なんですが、僕らはそれができないので、『仲間自身が仲間を守る』という発想で、ずっと何ができるのかなと考えてきました」そして、路上生活者の見回りに参加したブレイディはある風景を見て英国と日本の貧富の差の在り方の違いに気づく。「確かに自分が立っている場所で携帯を構えると、上方にはライトアップされた美しい東京タワーが、そして下方には横になっているホームレスの方々が写り込んでしまうのだった。ジャック・ロンドンは1902年のロンドンで見た貧富の差について、貧しいイーストエンドと富めるウエストエンドはまったく隔離され、その二つはまるで別々の国のようであり、交わることがないと書いていたが、2016年の東京では繁栄と貧困が一つの携帯カメラのフレームのなかに一緒に収まってしまう。」英国出身のパンク歌手、ジョン・ライドンの「いちいち物事を箱に入れてカテゴライズするな」という言葉に大きな影響を受けたパンク保育士が著した本書には、日本の「生活する人々」のリアルが鮮やかに描かれている。

新潮文庫 590円+税

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